小咄未満。全てフィクションです
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サヨナキドリを恋う人



遠く西の国から来た奴隷商人が、娘を一人、王に勧めた。
「これは珍しい声で啼く鳥です」
長く伸ばされた髪は真白。
その瞳は紅。
髪よりも更に白く、透明に血管を浮かばせる肌の上、人形の造形が並ぶ。
「さあ、お啼き」
商人に突かれて、白い娘が赤い唇を開く。
そこから紡がれた歌は、王の知らない異国の言葉で出来ていた。
「それを買おう」
迷う間もなく、王は言った。
美しい宝石を買うように。
珍しい玩具を買うように。
何れも、王にとって高価な物では無かった。
その娘と同じように。
 
王に娘を譲りながら、商人は一言注意を述べた。
「これは夜啼く鳥。陽に当てることはなりません」
それを聞いて、王は少し残念に思った。
王が贅を凝らして作り上げた庭で、その娘を啼かそうと思っていたから。
見事な花々には、さぞその声が似合うだろうと思っていたから。

けれど庭などなくとも、いずれ娘は王の宝になった。
王が娘のために設えた夜の部屋で、娘は毎晩見事な声で啼いた。
遠い外つ国の歌は、城しか知らぬ孤独な若き王を遠い場所へと運んだ。
王が褒めると、娘が笑う。
その紅の目は光を映さないけれど、娘の視線が王から逸れる事は無かった。
王は娘を愛しみ、そして少しばかりの時が流れた。

若き王の国が、強き王の国へとなった頃、再び西から奴隷商人が訪れた。
王は彼を歓待した。
「小夜啼鳥はよう啼いておる」
「それはようございました」
王の礼に、商人は手を擦りあわせた。
「けれど、本日は更に珍しい物を運んで参ったのでございます」
そう言って、商人は金の髪の女を押し出した。
長く伸ばされた髪は太陽の色。
その瞳は空の蒼。
陽をうけた褐色の肌が、華やかな顔立ちに良く似合っていた。
「さあ、お啼き」
商人に突かれて、陽の娘が唇を開く。
そこから紡がれた歌は、再び王の知らない異国の言葉で出来ていた。
それは、王の小夜啼鳥が歌わぬ曲。
「それを買おう」
少し迷って、王は言った。
新しい宝石を買うように。
新しい玩具を買うように。
比べてみようと、王は思った。
どちらの石がより光るだろう。

王に娘を譲りながら、今度は商人の注意がなかった。
ならば、ようやく王の庭は鳥を得る。

新しい娘は、よく啼いた。
王が連れた昼の庭で、王が招いた人々の前で。
誰もが王の新しい宝を讃えた。
太陽を映した金の娘は、小夜啼鳥より沢山の歌を知っていた。
強き王はもはや城の他を知っていたから、もはや歌に異国を求めることはない。
けれど、手に入れた玩具の精巧さに、王は笑みを深くした。

ある日、小夜啼鳥が王に問うた。
「王は歌を御所望でないか?」
「そなたより歌を知る鳥を手に入れた」
逸らされぬ紅の目に、王が心を動かされる事はもうなかった。
強き王には、夜よりも昼が美しく感じられるようになっていた。
「そなたは昼に歌わぬからな」
間遠になる主人の運びに、小夜啼鳥は心を決めた。
「私も昼に、啼いてみせます」

良く晴れた昼の庭で、王は二羽の娘を歌わせた。
重なる旋律は空を昇り、人々は耳を傾けた。
妙なる調べをお持ちよと讃えられ、王は大変に満たされた。
「どちらの鳥がより良いか」
王は客に聞いた。
「それは金の鳥」
誰もがそう応えた。
太陽の下で、太陽の娘の声は高く伸びた。
太陽の下で、小夜啼鳥は震える声で歌った。
 
その夜に、小夜啼鳥が病に伏せた。
そして高い高い熱を出して、遠い空へと旅立った。
王は一つ玩具を失ったが、大して残念には思わなかった。
王の元には、もう一つ、もっと優れた鳥がいる。
金の娘を歌わせると、客は更に王を讃えた。

やがて強き王は、歌を顧みる事もなくなった。
戦に勝つほどに、更に珍しい玩具が王の元へ届いた。
王は鳥を忘れた。

小夜啼鳥が空に放たれて、長い長い時が流れた。
若き王が強き王になるためだった時間より、ずっと多くの時が流れた。
強き王はもう強き王ではなく、年老いた王となり、重い病に捕らわれていた。
「外が見たい」
王が望んでも、もう窓の外すら遠かった。
それにたとえ臨めても、王の望む海も、王の望む草原も、そこにはない。
望む物全てを手に入れる力は、もう王から失われてしまっていた。

けれど、ある日に王は思い出した。
無力で孤独だった若い時代、王に外つ国を見せてくれた物があった。
「金の鳥を連れておいで」
王は側人にそう命じた。
そして、戸惑った金の娘が連れられてきた。
歌に飽きた王は、随分な前にこの玩具を人へ譲っていたのだ。

それでも王が望めば、叶えぬわけにはいかない。
年老いた王から目を逸らして、金の娘は異国の歌を歌った。
いくつも。
いくつも。
王が望むままに。
「違う。そうではない」
諦めたように王が呟くと、娘は嬉しそうに今の主人の元へ帰っていった。
その歌は、王が望む風景を見せてはくれなかった。

その夜初めて、王は小夜啼鳥を思って泣いた。
夜啼く鳥を昼に引き出した事を、初めて悔やんだ。
白い髪に赤い眼の、美しく啼いた娘。
孤独な王の孤独を癒したのが歌では無かった事を、王はようやく知ったのだ。
王に異国を見せたのは、小夜啼鳥の心だった。
王から逸らされることのない、あの紅の眼差しだった。
かつてあれ程に、違う国を手に入れたいと王が望んだ理由は何だったか。
小夜啼鳥が見せる光景に焦がれたからではなかったか。
己が強さを望んだ始まりを、王はようやく思い出した。

けれど、もうあれから長い長い時が経った。
記憶はあまりにも遠く、王の耳に、もはや小夜啼鳥の歌声は残らない。
思い返す事も出来ない響きが恋しくて、老人は夜更けに一人涙した。


+++

結局ナイチンゲールって、男と女の話ですよね。
小さい頃はいたたまれなくて、この話が嫌いでした。
現在進行形で鬱々しいおかげで、どうも鬱な童話ばっか思い出します。
もっと明るい童話があるだろうよ自分…!


テーマ:児童文学・童話・絵本 - ジャンル:小説・文学


【2006/01/24】 | もう一つの童話 |

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