小咄未満。全てフィクションです
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人魚姫(1)



 両開きの扉が開き、広間に入って来た一団の中に見知った顔を一つ見つけて、彼女は口元を少しだけ歪めた。
 いや、知っている顔が一つだけだったという意味ではない。
 これが彼女への求婚を目的とした訪れだという事は疾うに知れていたし、一団の先頭に立つ美丈夫と交わした書簡は両手で数えても足りない。男から送られてくる手紙は、いつも長い長い愛の言葉が綴られていた。
 彼女はその男の命を救った恩人であり、その時より永遠に彼の心を勝ち取ったのだ。
 男は隣国の王子で、戦では勇猛さで知られ、かつ近隣に鳴り響く美男子でもあった。それなりに身分のある、夫を持たない…場合によっては既婚であろうと、女なら少しなりとも恋心を抱いてしまうような類の男だ。
 事実、かつての彼女もその男を相手に叶わぬ片恋に身を焦がしていた。
 手に入れてしまった今となっては、何にそれほど焦がれたか記憶が実感を伴わなかったが、それでも彼を必要としていることに違いはなかった。
「ごきげんよう、姫。相変わらず、お美しい」
「ごきげんよう。殿下もお変わりなく…」
 高い背丈に引き締まった身体、肩甲骨の高さで切りそろえられた暗い色の金髪は少し毛先の荒れが目立つ。だが身分に似合わないそれも、彼の飾らない男らしさを表すようで好感が持てた。何より、深い森を思わせる碧の双眸をじいと注がれると背筋が粟立つように快い。
 しばし見つめあい、見兼ねたのだろう誰かの咳払いで、彼女は我に返った。
 無意識で男に視線を奪われていた自分の迂闊さを、心中で責める。感情に動かされるのは好ましい事ではなかった。彼女は淑女なのだ。
「妬くな妬くな!この美女は、俺の物だ。俺を救った天使だからな」
 呵々と笑う男は、恥ずかしげもない事を言う。
 命を救ったと敬いを込めても、その言葉に漂う軽々しさは、彼女を戦利品だ思う部分があるからに違いない。戦場での即物的なやり取りに馴染み過ぎた男達にありがちな態度だった。だが、彼もまた女にとっては戦利品なのだ。
 戦いの種類は違うために男はそれに気付かず、また気付いていたとしても、せいぜいが掴み所のない軽いいら立ちを覚える程度だろう。彼女が男の態度に対してそうであるように。
 そんな考えに同意を求めるように、彼女は先程気付いた顔に視線を向けて、にこりと笑ってみせた。
 青白く薄い皮膚に、踝まである長く波打った金の髪。線が細すぎる嫌いはあるが、恐らくは十人中十人が美しいと讃えるだろう顔立ち。飾り気のない衣装だったが仕立ては良いらしく、美しい紺色の布地が、大きく見開いた瞳の深遠な青を更に映えさせていた。
 その美しい娘が、ただただこちらを凝視している。
 青ざめて見える顔色はきっと衣装のせいだけではないわね、と彼女は小さく独りごちた。
 それに、元からの顔色でもない。前に顔を合わせた時には、娘はもっと健康そうだった。
 もっともそれと同じ人物だという確証もなく、それどころか外見はある意味で甚だしく変わっていたのだが、忘れようもなく刻み付けられた印象が直感に告げていた。
 あの日岩場で目にした、美しい生き物。
 必死な光を浮かべた瞼のない眼は、この娘と同じように青くはなかったか。


テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


【2005/12/26】 | もう一つの童話 |

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