小咄未満。全てフィクションです
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化け物屋敷



【key words;中国/ハッピー】


 
 
 
 
 何だよ。こんくらいでビビるなよ、冗談だろ。
 李家の姑娘に懸想してんのは、この町の男全員だぞ?
 こんな話してんのは、俺だけじゃない。
 寝屋に忍び込むなんて、ほんの口先さ。マジにゃ出来るはずねえ。
 ありゃ、届かない高値の花ってやつだ。そんくらい、分かるだろ。
 どうしてそんなにビビってんだ。
 え?誰も分かってないだぁ?何をさ?
 ふんふん、李家は化け物屋敷……って、はぁ?何だそりゃ。
 いや、声を潜めろなんて言われなくても、そうするよ。
 こんな馬鹿な話、他の奴に聞かれたら、一緒にいる俺まで笑い者になっちまう。
 お前、一体何を言い出すんだ。
 この前まで、一番せっせと李家に文を届けてたのはお前じゃないか。
 はーん。さてはお前、とうとう姑娘に袖にされたな?
 だからって、そういう悪言を言いふらそうとすんのはどうかと思うぞ。
 女泣かせのお前らしくない、馬鹿なまねだ。
 第一、そんな世迷い言、誰も信じやしないだろ。
 え?違う?なら、どうしてさ。
 へ?李家に、本当に忍び込んだだって!?お前、何やってんだ!
 ああ、皆の衆、気にしないでくれ。単なる冗談話さ。そうそう。
 …いやすまん、ちょっと声がでかくなった。あんまり驚いたんでな。
 おいおい。いくら手ぇ出したくても、夜這いはいけねえよ。
 家の人間に見つかったら一巻の終わり。
 責任取らされて、来年の春にゃ一児の父。若旦那様ってとこだな。
 お前みたいな奴は、まだ遊んでるのが似合いさ。
 そんで実家の身代食いつぶして婿に行くのが、賢い男の生き方ってもんだ。
 だろ?うんうん、それでこそ俺の弟分だ。
 餓鬼の頃から手塩に掛けて遊びを仕込んだ俺の努力、無駄にすんじゃない。
 で、どうしたんだ?化け物屋敷って…
 もしかしてお前、李家で下手打ったのか?
 家人に見つかったとか。そりゃ魑魅魍魎の巣窟にもなるだろうさ。
 娘に手を出された親ってのは、凄まじいからな。
 特にお前は、名も知れた金持ちのボンボンだ。捕まえりゃ、またとない婿がねだろ。
 それも違う?…はあ。一体,何だってんだ?
 暗い顔して、そんなに言い難い事なのかよ?
 おいおい、黙り込むなよ。どんな話だって聞いてやるから。
 笑わねえって。馬鹿にもしねえ。するわけないだろ。
 俺達ぁ、兄弟みたいなもんだ。さあ、この兄貴に何でも話すがいいさ。
 俺はどんな事があったって、お前を見捨てやしねえよ。
 ん?いやな、あの喧嘩の時の事は置いといてくれ。昔の話だろ。
 ああ最近もそんな事あったか。まあそれも忘れとけ。
 今はお前の大事な話だ。細かい事は気にすんな。助けてやった事もあるだろ。
 それはともかく、李家で何があった?
 はあ、忍び込んだのは三日前ねえ。そういや、やたら曇った暗い夜だったな。
 夜這いにゃ吉日だ。
 だけどそんな暗闇で、お前、よく姑娘の部屋が分かったな。李家は広いだろ。
 ああ、知ってたのか。
 よく訪ねてると思ったら、部屋まで案内されたことがあったとはな。
 それで姑娘の部屋まで、誰に見つかる事もなく行き着けた、と。
 だけど問題はそこからだろ?相手の女に騒がれたら、努力も全て水の泡だ。
 へ、姑娘は歓迎してくれた?何だいそりゃ、羨ましい話だな。
 お前、もしかしてただ自慢がしたかったのか?
 そんなら他を当たってくれよ。俺ぁ、そういう話は御免だ。
 せっかく笑いのタネにな…いや、弟分の一大事だと思って聞いてやってんのに。
 違う?違うって、何がさ?
 何?姑娘が恐ろしい化け物だった?何を馬鹿な。
 お前、そういう事言ってると袋叩きにあうぞ。
 元は後宮の女官。先の皇帝が死んでの出戻りだっつっても、この町が誇る美女だ。
 そりゃあ、俺と同い年。少々年はいってるが、年増ってほどじゃない。
 大体、あの美貌にゃちっとも変わりないだろ。
 化け物なんて滅多な事を言うな。失礼だぞ。
 え?何をムキになってるのかって?
 …ははは、そんなムキだったか?悪ぃ悪ぃ。
 いや、なに。実を言えば、俺だって昔、姑娘に憧れた口なのさ。
 まだ姑娘が、後宮に召される前の話だけどな。もう十年にもなるか。
 俺ぁ昔っからこんな破落戸。相手は李家のお嬢様だ。
 お前みたいな坊ちゃん野郎とは違って、家にゃハナから相手にされやしねえ。
 俺も青い時代だ。スリなんかやってケチに小金を稼いでたな。
 そんで市場で人の財布をくすねてる時に、見つかったんだよ。そのお嬢様に。
 ああ、姑娘の事さ。
 あの頃から美人だったね。こう、切れ長の目尻をきっとつり上げてさ。
 小さい手で、こんな破落戸の袖を掴んで「馬鹿な事はお止しなさい」だと。
 真っ青な顔で、俺の風体が怖いだろうに止めてきたのさ。
 学舎で一緒だった俺の顔を覚えていたらしくてな。
 俺ぁ、学舎なんか一年も通っちゃいなかったのに。
 ん?知らなかったのか?俺の家も、昔々はちょっとしたお大尽だったんだよ。
 子供を学舎にやれるくらいにはさ。
 俺が餓鬼の頃に、親父が馬鹿やって破産したがなあ。
 姑娘は、その頃の俺の同窓って奴さ。たった一年だけどよ。
 そんな俺をさ、覚えてたんだ。あのお嬢様は…。
 それで、酷く説教されちまってなあ。
 親の所も飛び出して、下らねえ事ばかりやって、誰もかも見放した悪餓鬼だぞ。
 それに、姑娘は本気で怒ってくれたのさ。
 ひねくれてた俺は、一度やそこらじゃ話を聞きゃしねえ。
 なのに放り出しもせず、何度も、何度も訪ねてきてなあ。
 いいとこのお嬢様が、こんな下町に足を運んでよ…。
 向かい合って、何日も何時間も話した。
 俺ぁ途中から話より、姑娘に見蕩れてばかりいたんだがな。
 あの頃の姑娘は、そりゃあ綺麗だった。
 俺なんかが近寄っちゃいけねえ玉石みたいでさ。触れもしなかったよ。
 指をくわえて眺めてるうちに、会えない所に連れていかれちまった。
 ああ。俺みたいな破落戸に関わった所為で、傷物って噂が立ったんだよ。
 それで話の届いてない都の後宮へ、家の人間が無理矢理、な。
 …あの人は、俺なんかと関わっちゃいけなかったんだ。
 もう、昔の話だ。
 いいか。姑娘を化け物なんて、二度と口にするな。
 俺にだけじゃねえ。他の奴の前でも、絶対に言ってくれるな。
 あの人は、そういう優しい女なんだ。姿だけじゃねえ、心だって綺麗だ。
 だから、今度こそ幸せになんなきゃいけねえんだ。
 なんでも後宮ってとこは酷い場所らしいじゃねえか。
 何百人の女に、男は皇帝たった一人。おまけに、おかま野郎共がうろうろしてる。
 俺の所為でそんなとこに送られて、十年も耐えたんだ。
 もう、幸せになっていいはずだ。
 姑娘ならできるさ。あんなに綺麗なんだ。
 今度こそ良い結婚をして、どこかの大尽の奥様になってさ。幸せになるんだ。
 だからお前、妙な噂を立てるなよ。
 俺ぁ、姑娘のする事ならどんなだって反対はしねえ。
 お前を寝屋に招き入れるのだって、姑娘の望みならいい。
 だけど、それを口外するんじゃねえ。化け物なんて、もってのほかだ。
 第一、寝た女を悪し様に言うなんて、最低な奴のすることだぞ。
 え?今でも俺が姑娘を好きなのかって?
 馬鹿言うな。俺ぁ、この辺じゃ札付きの破落戸だぜ。
 そういう綺麗事が似合うもんじゃねえ。
 こうやって夜這いだのって、下んねえ冗談言うくらいが関の山さ。
 あの人に会いに行けるような人間じゃねえだろ。
 はあ?姑娘の結い髪の中に、もう一個口があっただと?
 おまけに腹は腐って、臓物が見えてただぁ?
 …てめえ、まだ言うつもりか!ふざけた事抜かしてると、川に浮かばさすぞコラ。
 何だと!?俺みたいな破落戸にゃ、化け物女が似合いだってえ?
 いっぺん死んどくか?
 これまで可愛がってやったのを、何だと思ってやがんだ。
 姑娘まで悪く言いやがって!
 おい皆の衆、離してくれよ!俺ぁ、殴り足りねえ。
 こいつがこんな奴だったなんてな。弟とも親友とも思ってきたのによお。
 まだ何かナマ言ってやがる。頼むから、こいつをもう一発殴らせてくれよ。
 ほら見ろよ、李家の化け物女は破落戸がお好みだ、なんてほざいて……
 …待てよ。
 お前、何言ってんだ?お前、それ、誰から…
 まさか…
 すまねえ、みんな、離してくれ。もう殴らねえ。殴れるわけねえ。
 俺が思った通りなら…まさか…
 悪かったな。こんなにボコボコにしちまってよ。
 …そうか、化け物女は気味が悪くて抱けなかったか。はは、そうか…。
 あんな化け物には、俺みたいな最低の破落戸がお似合いか…。そうか…。
 馬鹿な化け物女だな。
 化け物なんて評判が立ったら、せっかくの貰い手が無くなっちまうってのに。
 ただでさえ出戻りなんだ。家からだって、追い出されるかもしれねえ。
 …そうか、それでもいいって言ったか、あの人は。
 そうしたいって、言ったのか。
 ほんとに馬鹿だな。十年も経ってんのに。俺はこんななのに。
 なあ。悪い、ちょっくら化け物屋敷に行ってきていいか?
 …ああ、お前は最高の弟分さ。世界で一等な。
 だから俺が此処を出てく後ろ姿を見て、笑ってくれよ。
 化け物屋敷の化け物を、喜び勇んで夜這う馬鹿な破落戸だぜ。
「今から我が身に降り掛かる惨状に全く気がついとらんな」ってさ。
 
 
 



テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学


【2006/04/06】 | MysteryCircle |

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