小咄未満。全てフィクションです
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オマージュ



【key words;SF/宇宙船/人工知能】


 
 
 
 けれども、私は何よりも退屈と、平穏とを怖れた。我が流転の運命は、そんな性質の賜物だと言って過言でない。
 人様の目には、盗賊稼業にまで身を落とした姿など決して褒められた物ではないだろうが、私自身はそれなりに気に入っていた。むしろこういう生活の方が、お仕着せの堅苦しい軍隊規律よりずっと性に合うのだ。
 これで野良猫娘の世話がなかったら、どんなにか快適な毎日だったろう。彼女とおさらば出来る間もない未来を思うだけで、思わず鼻歌を歌いたくなるほどだ。
 この気分を分かってもらえるだろうか。破天荒な彼女に付きあうのがどれほどの気苦労なのか察して欲しい。
 真赤に染め抜いた短髪を振り立てた小娘は、今日も今日とて私の大事なコンソールに拳を打ち付けて喚きたてる。
 頼むからやめてくれ。それは精密機械だ。殴れば壊れるコワレモノなんだ。
「だっからさあ、あの船にオルナーチャの嫁が乗ってんのかどうか、まぁだ分かんないわけ?このノロマのポ・ン・コ・ツ!あんたみたいな無脳船には理解できないかもしんないけど、あたしらにゃ時間がないんだってば」
「…少し落ち着いてくれないかい、ミーア。たった今、乗客名簿を読み込んでいるところなんだ。それにね、この宙域一帯には警備船がいないって、ちゃんと下調べしてきただろう?通報されてても心配いらないくらいだ」
 精一杯の理性を動員させて、彼女をあやす。スピーカーからの音声にはもちろん微量のα波を織り交ぜた。なんとか疳積をなだめ、怒りを収めさせなくてはいけない。
 コンソールには私よりも上位の統率権がある事になっているのだ。ミーアが勢いに任せて適当なコードを打ち込み、私の船体を無理に動かそうとしたりしたら、せっかくのお膳立てが全ておじゃんになる。
 私の体内で、人が十人も入ればすぐに一杯になる狭いキャビンの正面、つまり件のコンソールの上方にあるスクリーンには小型の客船が映る。それが今、私の「目」が見ているものだ。そして、画面を通じてミーアもまた同じ光景を共有していた。
 比較的小さめの造りだが、最新鋭の装備を持つ客船ティール号。私用船としては最高に近い額を投入された宇宙船として、一部ではかなり有名だ。
 このティール号が、目下における私達コンビの獲物だった。
「ったく。大体ニノ、あんたがぼろいって見つけてきたネタじゃないさ。だってのに、いつもに比べても手際悪すぎ。一体、どうしちゃったわけよ?」
「そういう文句なら、私にファジー機能をつけた設計者に言ってくれないか。中身が人間に近づくほど、人工知能だって完全無欠からは程遠くなるのさ。ヒトとはすべからくミスを犯す生き物だろう?君のようにね、子猫ちゃん」
「サイアク。自分が性能悪い責任を、他人になすりつけんの止めてよ。あんたってホント、AIと思えないくらい根性曲がってんね」
「それは褒めているのかな。AIらしくないAIなんて、理想じゃないかい」
 人工知能、いわゆるAIは人間の思考を模して設計されるのだ。AIに対して人間臭いという類の形容は、褒め言葉にしかなり得ない。
 まあ、それは私の場合当てはまらないだろうという件については、この際置いておこう。何しろ、ミーアさえ知らない話だ。
 この場において、私はあくまでもAIだ。
 
 捕われのティール号に搭乗する一人の女性が、ミーアの狙いだ。エルベ・オルナーチャというこの人物は、我が<中央連合国>では余りにも有名なオルナーチャ商会の社長夫人だった。そして、ティール号の所有者でもある。
 この豪華船はオルナーチャ氏が旅行好きの新妻のために建造させた宇宙船で、同時にここら一帯に蔓延る宙賊一派にとって垂涎の的だった。襲撃された回数は片手の数では足りないだろう。何せ、あの豪商が溺愛していると評判の女性だ。上手く人質に取れれば、潤沢な資金源になる。
 私とミーアが組んで一年。最大のヤマだった。
 もちろんこの難攻不落の美女を、何の準備なしに口説きにかかっているわけではない。これまで幾人もの不埒者が彼女に挑んでは袖にされ、逆にお縄を頂戴してきているのだ。姫君の側には、常に騎士が控える。
 ティール号もその喩えから外れず、ずば抜けて優秀な護衛船があった。オルナーチャ商会は国軍部との結びつきが強い事でも知られるが、その伝手をどう駆使したのか、一個人の私用船に過ぎないティール号に正規の軍人が警備に付けられているのだ。それも三年前に終結した戦争で撃墜王として名を馳せたハインツ大尉その人だ。
 英雄にも拘わらず表に顔を出さない人だが、その腕は確かだ。証拠に、あれほど宙賊に付狙われているというのに、未だティール号もエルベ夫人も優雅に宇宙の旅を続けている。
 下手に近づけば、いくらミーアと言えども怪我をする事は間違いない。彼女は彼女でハインツ大尉とは別の方面で名高い、つまり悪名高い宇宙船乗りだが、軍の装備を相手取るのは無謀に過ぎるだろう。
 だからこそ、私が必要とされたのだ。
 軍の船と一般船の違いは、端的に言えば性能の差に尽きた。船全体の動きを統括する人工知能のレベルが違い過ぎるわけだ。近年AIは日進月歩の勢いで進化し、その原動力になっていたのが長く続いた戦争だ。設計のノウハウ、特許の類はほぼ全て軍関係者が握っており、市中の造船会社に流出する技術はその枝葉に過ぎない。
 当然の事ながら速度においても軍用船に遥かに分があり、裏稼業を志すならまずは、せめて足の速さだけでも軍用と並ぶ船を手に入れる必要があった。世の中とは上手くしたもので、需要があれば供給しようとする者が必ずいる。私とミーアが出会ったのは、そういう市場での事だった。
 ミーアはこの社会では知られた顔で、ミーア・キャットまたは赤猫ミーアと言えば、表沙汰に出来ない貨物の運び屋として五本の指に入る女だ。その仕事の傍ら、他所の貨物船からの盗賊稼業にも精を出しているから妙な話だが、自分の船の荷には手を出さないのが彼女のポリシーらしい。『ミーアに盗まれたくなきゃ、ミーアの船を使え』とはよく言ったもので、ほとんど詐欺に近かった。そんなわけで、彼女はお尋ね者としても有名だ。
 外見は痩せこけたちっぽけな小娘だが、人は見かけによらない物で、生身でも船に乗っても彼女の射撃の腕は超一流だ。光速の世界でメートル単位の誤差しか出さない射手を、私は彼女に会うまで一人しか知らなかった。私が軍出身である事を思えば、これは驚異的な話だ。
 宇宙船の裏市場に元軍用船が出回るのは珍しくない。廃棄処分にされる船体を横から掻っ攫い、再利用するのだ。私もそんな出品の一つだった。近頃は終戦のあおりを受けて軍の船も多数取引されていたが、そんな買い手市場にも拘わらず、私にはすぐに引き取り手が見つかった。それが、ミーアだ。
 理由はこの船のAI、つまり私にある。私は軍事用に開発された船用知能の中でも、比較的新しいナンバーを刻印されていた。新品とは言わないまでも、それに近い製品番号だったのだ。それがいたくミーアのお気に召したらしく、かなりの高額をぽんとキャッシュで支払って私を連れ帰った彼女は、その当日からしっかり私をこき使ってくれた。
 それはもう、どれだけ苦難の日々だったことか。軍と借金取りと彼女の昔の男とやらから逃げ回り、弾が尽きるまで打ちまくり、挙句は彼女の部屋の掃除から風呂の世話まで全ての仕事が私に押し付けられのだ。バスタブの湯温の調節くらい、自分でしろと主張したい。しかも、胸も尻もない女の風呂など覗けても役得なんてこれっぽっちもなかった。
 だが、それも今日で終わりだ。
 
 キャビン中央に設えられた柔らかい指令席に足を組んでどっかりと座り、ミーアが煙草を吹かしている。この娘に船内は禁煙などと説いても無駄なのは、火を見るよりも明らかだ。私も徒労に終わる努力など端から放棄して、小型端末機に彼女の元へ灰皿を運ばせた。床に灰を撒き散らされるより、素直に先手に回る方がましだ。
「今更だけどね、ニコチンの害はもう五世紀以上も前から実証されてる事だよ」
「…っるさい。あんたの仕事が遅いから、イライラしてんでしょ」
「心配しなくてもオルナーチャ夫人との回線は、もうすぐつながるよ。私が忠告するのは、君の身体が心配だからだ。いつでも君にはハラハラさせられどおしだからね」
 スピーカーから流れる私の呆れ声に、ミーアは手をひらひらさせるだけだ。人の話をまるで聞いてやしない。だが、この一年で彼女の傍若無人な態度にも慣れてしまった。軍には私にこんな風に接する人間はおらず、最初は不快に感じたものだったが、時を重ねるうちに彼女が口にする言葉ほど悪い娘でないような気がしてきていた。
 今では、彼女が少々へまを犯しても、フォローしてやらなければという心理が働くくらいだ。馬鹿な子ほど可愛い、と言ったところだろうか。
 長かった一年に私はらしくもない感傷に浸ったが、長く続ける事はできなかった。オープンにしていた回線に、ティール号からの連絡が入ったのだ。
「こちらティール号、どうぞ」
「では映像を開く、エルベ。どうぞ」
 キャッチした音声は懐かしい物で、主が誰なのかはすぐに分かった。映像の回線を継ぐと、スクリーンに長い黒髪に軍服の女性が映し出される。
「任務ご苦労様です、ニノ・マクスウェル中佐。御無沙汰しておりました」
「ご苦労、エルベ・ハインツ大尉。久し振りだというのに、面倒を頼んですまなかった」
「とんでもありません。中佐と共に任務につけるだけで、晴れがましい限りです」
「こんな片端者にそう言ってくれるとは光栄だね」
 聡明な緑の眼を細めて微笑すると、相変わらずエルベは実に美しい。久方ぶりの眼福を愉しんで、画面からその前に視線を移すとミーアが唖然とした表情で私達の会話を眺めていた。その指からぽろりと落ちた吸殻を、端末機が正確に受け止める。
「悪いね、ミーア。これも軍の宙賊狩りの一環なんだ。捕まえさせてもらわなくちゃいけない」
「…うっそでしょ」
「嘘ではありません、ミーア・キャット。あなたには十八ヶ月前より、軍指令部の逮捕状が出ています。そして、マクスウェル中佐がその任についていらっしゃいました」
 エルベが落ち着いているのは昔から変わらないが、青褪めたミーアに対するには冷徹に過ぎやしないだろうか。少しは彼女の気持ちを汲み取ってやっても罰は当たらないと思い、私はそんな自分に気付いて苦笑した。我ながら随分と泥棒娘に肩入れしているらしい。
「だって中佐って、ニノは船のAIじゃないさ!そんな馬鹿な話あるわけ…」
「注意させてもらいますが、中佐はAIではありません。名誉の負傷を乗り越えた後も船の頭脳として更に国へ尽くしておられる方に、失礼な口をお利きらないようなさい。あなたのような無法の輩がいるから、中佐はお休みになれないのですよ」
 大変、実に、堅っ苦しい。
 元々軍では問題児の私だったが、一年ブランクを置いた後の軍隊節はさながら経文のように耳に響いた。この討伐任務が終われば、またこういう右寄りな思想に囲まれた日々が待っているのだ。なかなかぞっとしない未来だ。
 しかも船の頭脳なんかに組み込まれたからには、理論上半永久的に生き長らえるハメに陥っている。つまり、私は半ば永久にこんなガチガチ頭に囲まれて暮らさなくてはならないわけだ。
「エ、エルベ。私の事はいい。それより、先ほど私が撹乱したダミー護衛船の乗組員達は無事だったかい?手加減はしたつもりだったが」
「中佐、長い任務で御疲れなのはお察しいたしますが、宜しければわたくしの事は階位でお呼び下さい。部下への示しがつきません」
「…そうかい」
 永久に、こんな調子の中で生きていくのか。五体満足な身体を持っていた時代は、堅い生活でも抜け出せば自由に息抜きも取れたが、こんなでかい図体ではそれもままならないに違いない。
 無駄と分かってもやめられないのか、私が接続を切っているコンソールに必死でコードを打ち込んでいるミーアの小さな姿がやたら愛おしく見えた。ざっくばらんで天衣無縫、過度に破天荒な女だが、彼女に振り回される生活の方が軍に戻るよりましそうな気がする。
 繰り返すが、私は何より、退屈と平穏ってのが嫌いなのだ。そういう点でミーアと私は趣味が合う。
 そう思うと、もう居ても立ってもいられなかった。軍隊生活なんて、やはり糞食らえだ。
「エルベ、悪いがもうしばらく電磁網の中にいてもらえるかな。今追ってこられると、私としても少々都合が悪い」
「中佐、何を仰って…」
「子猫ちゃん、捕まっておいで」
 
 急速反転。そして、加速。
 
 ついでにティール号を捕らえていた電磁網の強度を、芝居の小道具以上のレベルまで引き上げて、私はその場から離脱した。ミーアの反射神経は、もちろん私の掛けた声にすぐさま反応して座席にしがみつき、対Gの姿勢を取っている。
 こういう時の息の合いぶりは、この一年で身に付けたものだった。何度か二人で危機を潜ってきている。
 すぐさま光速潜行に入り、あっという間にティール号の影はセンサーにも捉えられないほど遠くなった。エルベがこんな事態を予測していなかったおかげで、どうやら逃げ切る事ができたようだ。彼女に本気で追われていたら、私でも危ない。
 まあ私自身も、先ほどまで自分がこんな行動に出るとは予想してなかった。
「あんた、どういうつもりさ?」
「ああ、ミーア。驚かせて悪かったね。私には、やっぱり君を裏切る事なんて出来なかったよ」
「嘘くさ。一年も人を騙しといて、よっく言うわ」
 それもそうだ。だがそれでも、退屈が嫌だから逃げ出したなんて間抜けな理由よりは、なんぼかましじゃなかろうか。
「しかも、人間の男だったって何さ。あたし、あんたに風呂のシャワーとか操作させてた気がするんだけど」
 そんな事もあった。役得と言うにはあまりにも貧相なミーアの胸と尻、少なくとも私の好みの範疇からは程遠い。しかし、そんな事をありのまま口にしてキレられるのは堪らなかった。それに彼女を傷つけるのは、ほんの少しばかりだが、心が痛む。
 やはりAIと思わせたままにしておく方が、これから過ごしやすかったかもしれない。こういう窮地で、人間の男ってのは言葉に詰まるものなのだ。焦りが、もうありもしない私の喉元を詰まらせる。
 ああ。なんとかしなければいけない。言わなければいけない。




【2006/05/22】 | MysteryCircle |

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