小咄未満。全てフィクションです
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傾国



むかし銀漆の髪持つ乙女がひとり
いくさ敗れた小国から連れられて
ちから権勢並ぶものなき宰相の
いとしむものになりました

美しいむすめでありました

朝焼けが空を食むたびに
夕焼けが夜を生むたびに
宰相はむすめの目のうちに
ひとしい色を見つけます

猟で若鹿を追いつめて
宰相はそのしなやかなる振る舞いに
むすめの似姿を見いだし
かよわき獣を放ちました

「いとしい者よ」宰相は言います
「愛しております」むすめは申しました
「けっして我を裏切るな」宰相は言います
「ええ愛しております」むすめは申しました

若い恋人たちでありました

宰相のいとしむ女奴隷のうわさは
綺羅の都のすみずみにまでも知れわたり
泥にまみれた溝鼠でも
耳にするありさまでした

宰相のいやしき女奴隷のうわさは
綺羅の都のすみずみにまでも知れわたり
宰相を恋う貴婦人方の
ねたみの的でありました

やがて宮殿の貴き王のおん耳に
むすめの噂が届きます
王は金色の杯をかたむけて
忠なる臣をお召しになりました

「そなた、余が忠実なる宰相よ」王は言います
「我が全てを捧げし王よ」宰相は申しました
「そなたの宝を余に献ぜよ」王は言います
「我が全てを捧ぐべき王よ」宰相は申しました

いずれ逆らえぬ話でした

王は忠なる臣下から
美しい奴隷を贈られました
それは銀漆の髪に朝焼けのひとみ
美しいむすめでありました

宮殿の奥深く
王のおんためだけにある御園へ閉じ込め
むすめが望むものを望むように
むすめが願うことを願いのとおりに

恋とはかようなもの
かように愚かなもの
むすめは無邪気なほほえみで
王の貴き耳元へささやきます

北の森に熟した果実を召し上がってみたくはありませぬか
東の姫が着る綾の衣装で飾ってみせて差し上げます
南の湖に咲く白い花を王のおんために摘んでまいりましょう
西の王国に伝わる王冠の宝玉が欲しゅうございます

いくら望みを叶えるとも
決しておのれへ向かぬ朝焼けのひとみのため
王は都の綺羅を剥がし王国の権を削いで
愛するむすめに捧げました

やがて忠なる臣たちは
王に讒言申し上げます
いやしき女奴隷ひとりのため
国を傾ける愚かな王のもとへ

「王よ、おん目をお覚ましください」宰相は申します
「下らぬ」王は言いました
「戦に民は傷つき国は病んでおります」宰相は申します
「なにほどのことか」王は言いました

やがて忠なる臣たちが
宰相のもとへ数限りなく集い
城の奥深くに隠された御園へ
国を傾ける愚かな王のもとへ

宮殿は赤く染まり
首を失った愚かな王のおん前で
宰相は恋人にふたたび巡り会いました
南の湖から奪ってきた白の花弁の舞う中で

「いとしい者よ」宰相は言います
「愛しておりました」むすめは申しました
「我を裏切らなかったな」宰相は言います
「ええ愛しておりました」むすめは申しました

弑された王の椅子を継ぐ者は
ちから権勢並ぶものなき宰相
そのひだり隣りに美しいむすめがおりました
銀漆の髪に朝焼けのひとみ

その華やかな宴の宵に苦鳴がひとつ響きました

銀の髪を朱に染め
白い寝具を朱に濡らし
柔い綿に沈む主人の背に向けて
美しいむすめがつぶやきました

「復讐にございます」

そのままむすめは血塗れた刃と共に
いずくにか消え
震える奥女中が
異変を外へ伝えました

英明なる王と宰相を失った綺羅の国は
やがて巻き起こる長い戦乱の中へ
名ひとつ人の記憶に残し
その姿を消しました

これが傾国と呼ばれるものがたり

むすめが報いたものは
おのれの国を滅ぼされた恨みか
おのれを愛した王への哀れみか
おのれを利用した男への蔑みか

それとも、裏切られた愛への悼みであったか

語る者によって理由はまちまちに
傾国の恋がみっつ
王の恋、宰相の恋、むすめの恋
それぞれにかたちは違い過ぎるけれども

ただ同じく傾国と呼ばれるのでありました


テーマ:童話 - ジャンル:小説・文学


【2006/10/08】 | もう一つの童話 |

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