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夜の神 - 「水底の姫君」番外小咄



ErikSatie「グノシエンヌ 第一番」 提供:Nocturne


 創造神が娘をお作りになったのは、ほんの気まぐれからだった。
 永い午睡からふと目覚め、夢まどろみの中で美しい女を思い描かれたのだ。
 世界とはかの神の箱庭。
 たちまちのうちに空想は形を得て、創造神のかたわらに香しき女神が降り立った。
 黒檀の肌に黒檀の御髪、豊かな肢体は豊穣の恵みを湛えていた。
「並ぶ者なく尊きお父さま」
 生まれ落ちたばかりの女神は、慈愛に溢れる声で創造神に申し上げた。 
「わたしはこの世界が愛しうございます」
 美しい娘に父神は大変満足して、彼女のために大地を作りお与えになった。
 こうして世界にはとこしえの床ができた。
 
 最初の子供に心安くなった創造神は、次に男神をお作りになった。
 金色の肌に金色の眼、逞しい体躯は光に溢れる力ある雄神。
 彼は陽となるべく空へ昇り、世に光を与えた。
 
 その次に双子の神が生まれ落ちた。
 雫からなる繊細な娘と、小鳥の羽毛よりも軽やかに跳ぶ少年。
 父神はそのそれぞれに水と大気をお与えになった。
 世界には潤いがもたらされ、芳しい緑の風に満ちた。

 創造神は自らの美しい子供たちに心より満たされ、豊かになった世を見て微笑まれた。
 大地は更に小さき子を生み、太陽がその子らを見守った。
 水が子らを育て、風は子らを愛撫した。
 世界には小さきものたちの歓喜の声が満ちていた。
 その妙なる調べの中で、もっとも尊き御座にある神はふたたび眠りを望まれた。
 
 創造神は手のうちにほんの少し残ったお力を小さな男神に変え、寝床におつきになった。
 お休みになるのに邪魔だった余りもので作られた神は、そのまま父神に忘れられた。
 神の館に響き渡る泣き声に、まずは一番上の女神がお気づきになった。
 そして忘れられた小さな弟を見つけて、大地の女王は眉を顰めた。
「まあ、なんて醜い」
 次に訪れた太陽の主はうめき声を上げた。
「これが我らの末の弟とは」
 水と風の双子神は声を揃えて言った。
「わたくしたちは、このようなものを見たくない」

 末の幼い男神は館を追い出され、誰の目にもつかぬよう闇へ封じられた。
 光差さぬ闇。明かりなき夜。
 末の神に許されるのは、兄神姉神が寝静まったわずかな時間だけになった。
 夜の雄神は夜の小男、夜の下男と蔑まれた。
 尊き神々にならって、大地に住まう小さき子らもそう呼ばった。
 
 夜は悲しみの場所となった。
 夜は憎しみの時間となった。
 
 大地の小さき子ら、人間たちは夜を怖れるようになった。
 誰に顧みられることもない醜き神が支配する恐ろしい時間。
 兄姉たちへの怨みに、人々への憎しみに、夜は人を食らった。
 夜闇で一人ぼっちの男神は、だからこそ夜闇でもっとも力持つ者だった。
 夜が巡るたびに減りゆく子らに、心優しき大地の女神は悲しんだ。
 大いなる太陽は怒り、水と風がざわめいた。
 けれど怒れる神たちは、それでも弟に会おうとはしなかった。
 
 夜は永遠に孤独だった。
 
 夜闇に月が浮いたのは、けっして彼のためではなかった。
 小さき子らの怯えに心を痛めた太陽の雄神が、生まれたばかりの娘を遣わしたのだ。
 闇に人を照らし、夜の卑しき下男が人を襲わぬよう見張るために。
 月の女神は夜闇に初めて灯った小さな明かりとなった。
 人々は月を見上げ、白く優しい光に心を休めた。
 夜の神は初めて、他に闇に住まう神を知った。
 白銀の頬、白銀の眼差し。か細き両の腕で人々を守ろうとする小さな娘。
 夜の雄神は初めて光を知り、そして光を怖れることを知った。
 このたった一人で彼に立ち向かおうとする小さな女神を打ち倒すことなど、彼には造作もなかった。
 兄姉には及ばぬと言え、彼も創造神の子のひとり。
 けれど彼はそれを望まなかった。
 この光る娘、美しい子供を失えば、彼はまた永遠の孤独に引き戻される。
 
 夜の雄神は月に取引を持ちかけた。
「あなたが望むなら、あなたの光がそそぐ場所で人を食らうことはやめよう」
 月の光に姿を晒してしまわぬように用心して、闇の奥深くから彼女に声をかけた。
「その代わり、こうやって俺と時々話をして欲しい」
 彼は月の姫が父親から人を守るよう言い付かっているのを知っていた。
「分かりました。ならばわたくしは、夜の隅々にまで我が光を届けましょう」
「それもいい」
 頷く女神に、夜の雄神は微笑んだ。月の光が注がぬ場所で。
 彼の醜き姿を目にすれば、兄姉たちと同じようにこの女神も逃げていく。
 彼を嫌い、口をきくことすら厭うだろう。
 初めて得た光に、彼はそれを失うことを怖れた。
 この美しい光。
 永遠に近寄れずとも、ただ見守るだけで。
 
 夜闇に月が浮かんで、闇に人が消える数は随分減った。
 月の女神は人に感謝され、太陽は娘を誇りとした。
 夜の下男は更に誰からも顧みられなくなり、蔑まれた。
 それでも彼は満足だった。
 夜の闇が深いだけ、月の光は輝きを増す。
 
 夜の雄神は、もはや闇に一人ではなかった。




【2007/01/04】 | サウンドノベル |

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