小咄未満。全てフィクションです
スポンサーサイト







【--/--/--】 | スポンサー広告 |
冷蔵庫の中のゾウさん



MC主催第九回ナズビクイズ解答(になってるんだろうか)
【keywords】クイズ、微妙な夫婦



「ねえ。冷蔵庫の中にゾウを入れる方法ってクイズ、分かる?」
 彼女は冷蔵庫を開けながら、夫に話しかけた。
 彼はいつものように、妻の言葉へ反応する気配すら見せず冷たい横顔を見せている。彼女は溜め息をついた。結婚して五年、彼女はいい妻だったはずだ。
 もともと家庭的なことを好むたちで、専業主婦として家に留まれるこの生活を大切にしていたし、それを与えてくれる夫には感謝を忘れたこともない。営業の第一線で働く彼女の夫は常に多忙で、夫婦の生活に寂しいことも多々あったが、彼が身体を休めに戻った時にできるだけ疲れをとれるよう細心の注意を払っていた。
 オフホワイトの優しい色調で統一した室内。手作りの品に溢れる家庭の空気を、夫も最初は喜んでくれたはずだ。彼女が詰め物にまで工夫を凝らした柔らかいクッションは香りがよく、それを初めてプレゼントされた頃の彼は歓声まであげてみせた。
 だが今もそれと同じ物を何気なく使うくせに、夫の態度は当時と全く違う。気だるげな様子で、彼女には無表情な顔しかしない。どんなに疲れていても愛妻の言葉一言一句に耳を傾けてくれた男の面影など、もうどこにも見当たらなかった。
 それでも、彼女は朗らかに話を続ける。
「うふふ、分からないのね。面白いのよ、とても簡単で。最初は冷蔵庫を開けるでしょ、それからゾウを入れて、冷蔵庫を閉める。当たり前のことだけど、人間ってなぞなぞにされると難しく考えようとしちゃうんだわ」
 彼女にも、自分の明るい声が部屋の凍った空気に不似合いなことは分かっていた。それでも、これはもう習慣みたいなものだ。彼のために、少しでも楽しめる話題を探す。たとえ相手が聞いていなくても、こうやって愉快な話で家庭を和ませるのが主婦のつとめだろう。
 それなのに、こんなにも尽くしている妻に対して、彼は昨夜何と言ったか。
「――んで、お前、こんなとこまで来んだ。妻、妻って、お前、ちょっと気味わりいよ。そういう自覚あんのか? しかもさ、俺ら離婚話したばっかだろ。出張先まで押しかけられたら、マジ怖いんだけど」
 怖くて当たり前だ。その時の彼の顔つきを思い出しながら、彼女は本当に朗らかな気分で冷蔵庫の中に、男の手首を蹴りこんだ。
「冷蔵庫を開けて、ゾウを入れて、冷蔵庫を閉める」
 半ば歌いながら冷蔵庫を閉める。
 どうせなら洒落を込めて、彼の身体全部を放り込んでやりたかったけれど、ホテルに備え付けの小さなボックス型の機械では無理だ。仕方がなく、バラバラにした身体の一部だけで諦めた。大きな象も、小さくしてあげれば、小さな冷蔵庫にも入る。
「冷蔵庫を開けて、トモゾウを入れて、冷蔵庫を閉める」
 トモゾウなんて古臭い名前、彼女は昔からおかしくてたまらなかった。だけど、彼の前では一度も笑ったことはない。お見合いパーティーの席で出会った瞬間に、夫になる相手だとピンときた。この年収なら、彼女は一生安穏と専業主婦としてやっていけると踏んだのだ。
「離婚届なんて、馬鹿らしいったらありゃしないわ」
 出張前に夫がサインして置いていった書面は、とっくにシュレッダーにかけて、燃えるごみに出した。
 窓の外は雨。彼女は濡れたレインコートを脱いで小さくたたむと、包丁と一緒に防水加工を施された巾着に入れて、少し大きめのハンドバックに片付けた。そしてスペアに持ってきたレインコートを着込んで、目深にフードを被る。
 別に目立ったところで、顔さえ見られなければ問題ないのだ。彼女は今日、ここにいるはずのない人間だった。夫の出張中に実家に戻っている近所でも評判の貞淑な妻は、今日は家族と総出で朝から晩まで一日を温泉ランドで過ごす真最中だ。湯気がもうもうと立ち、隣の人の顔も分からない愉快で広大なレジャー施設。
 このホテルから、車で飛ばせば一時間も掛からない。
 誰か疑うだろうか。まさか!
 虫も殺せない顔をしたか弱い妻、それも会う人会う人に夫ののろけ話を聞かせ、家庭の円満を嬉しそうに吹聴して回るような女が、夫をホテルでバラバラ殺人なんて、馬鹿らしい。
「じゃあね、ゾウさん」
 一点の曇りもない真っ白なレインコートを着た女は、壁も天井も真っ赤に染まった部屋から弾む足取りで出ると、扉のオートロックが閉まるのを確認してエレベータへ向かった。
 後は出張先の事件で、夫の労災が下りるのを待つだけ。
 それでのんびり暮らしているうちに、また次の働きアリが見つかるだろう。






【2007/02/12】 | MysteryCircle |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。